別府市議会 2019-06-17 令和元年第2回定例会(第3号 6月17日)
前の市長の浜田市長には4回議場で、「あなたは能力がないからやめたらどうですか」、このように言っていました。それを浜田市長が数えていたそうです。私が4回言ったと言っていました。 今回、4年ぶりに議会に戻ってまいりました。会うたびに部課長が私を見て、「すっかり丸くなりましたね」、こう言うのですよ、「ものすごく丸くなりましたね」、こう言うのです。
前の市長の浜田市長には4回議場で、「あなたは能力がないからやめたらどうですか」、このように言っていました。それを浜田市長が数えていたそうです。私が4回言ったと言っていました。 今回、4年ぶりに議会に戻ってまいりました。会うたびに部課長が私を見て、「すっかり丸くなりましたね」、こう言うのですよ、「ものすごく丸くなりましたね」、こう言うのです。
脇屋市長から中村市長時代、井上市長時代、浜田市長時代、長野市長さん、5代の市長に仕えてこられた職員の皆さんです。退職されても別府市のために、まだまだ若いですから、力を発揮してもらいたい。 そして、市長、私ももう一度頑張ってここに帰ってきたい。そしてまた、長野市長さんともいろんな意見を交わしたい。
当時、浜田市長は、「ゆめタウンのお客が回流し、周辺商店街との共存共栄ができる」というものでした。再選後、浜田市長は、中心市街地活性化計画を策定し、さらにONSENツーリズム基金を創設したのです。この基金条例を可決した平成18年12月議会で、浜田市長は、「必ずや中心市街地の活性化に結びつけていきたい。そういう意味での基金創設でございますので、ぜひ御理解を」と訴えたのでございました。
そういう心配の声にある意味では応える形で前の浜田市長がこの基金をつくったということですね。つまり、野上議員も言われたように土地の貸借料収入、それに固定資産税収入の一部を合わせて年間1億円を入れるということで、そこで、もう一回私、その平成18年12月議会の議事録を読み返してみました。
その後、浜田市長になりまして、3期12年間しましたが、もう皆さん、これは御存じと思います。約70億円のお金を出して、そしてあそこに複合総合施設をつくろうという大きな希望を出したのですが、これはお金のほうがそんなにかかると大変ということで白紙になったわけでございます。そういうことから、いろいろともう南部は本当に恵まれなかったのです。
今、基金残高は50億円が目標というふうになっているわけで、当初、浜田市長から引き継いだとき100億円あったものを50億円までいきますという話。
最後に、国際観光温泉文化都市、住んでよし、訪れてよし、アジアを結ぶ温泉都市、これは浜田市長がつくられたときです。そろそろこのキャッチフレーズを時代に合った長野市長なりのアレンジが必要だと思います。どうぞよろしくお願いしたいと思います。 ○議長(黒木愛一郎君) 休憩いたします。 午前11時57分 休憩 午後1時00分 再開 ○副議長(森 大輔君) 再開いたします。
そして、さきの浜田市長にいろんな話をしながら、お金はかかるけれども、橋上駅にしてください。橋上駅ができた。その橋上駅が、市長は知っていると思いますが、副市長の2人ね、あれ、市道なのですよ。JRの持ち物ではない、市道。なぜ市道にしたかというと、駅だけが、駅のお客だけが利用するのではありませんよ、線路で分断された医療センター、太陽の家、溝部学園、それから内竈、いろんなたくさんの方が住んでおられる。
そして、その後に浜田市長さんが出てきて、浜田市長が、もうこれは皆さんも御存じと思います、南部開発の中で旧南小学校の跡地、ひとつ総合的な施設をつくろうということで頑張ってきました。しかし、その内容については大きなお金がかかるということで、これももう白紙になったのですよ。 そういうふうになってきて、現在の長野市長にかわってきたわけです。
これは、私が浜田市長時代にも言ったことがありますけれども、この西口については事業費がかなり上がっていますけれども、70%以上が用地買収費なのです。実際の事業費は30%。人が住んでいる用地をずっと買っていくわけね。これは、ですから、事業年度を立ててもなかなかうまくいきませんよ、こう何回も言ってきましたが、いや、必ず国の補助対象に乗っけてやるのだということです。
この5月の末に国土交通省のほうから、また新たな御当地ナンバーの展開をするというようなニュースがありまして、以前私が質問させていただいたことをちょっと思い出しまして、当時、浜田市長は大変何か、それはいい案だということで大変乗り気の答弁をいただいたのが、ちょっと記憶にあったのですけれども、国交省も今度そういった地域振興のためにということで御当地ナンバーの展開を新たにするということもありました。
しかし、それを図るために前の浜田市長は、誘致に当たってゆめタウンからの借地料や固定資産税などの収入を周辺の中心市街地活性化のために使う、こういうふうに公約をしていたわけであります。それがどうなっているかと聞いたら、前議会では基金に積んでありますという答弁でありました。どういう基金でどういうふうに使われてきたのか、説明を願いたいと思います。 ○財政課長(安部政信君) お答えいたします。
同時期に浜田市長もワンコインバス、すなわち高齢者の移動支援、ワンコインバスということを提唱しまして――公約として――当選をされたというふうに思っていますけれども、この間、ワンコインバスについていろんなやりとりがありましたが、すなわちこの別府市公共交通活性化協議会の議論が進まなければ、なかなか事業化も進まない、急がれている状況だというふうに思っております。
もう以前から、浜田市長のときから、道路が決まらないと旧南小跡地は決まりませんよ、だと思うのですよ。道路が西側につく計画があって、東側が早くできる可能性で便利もよいからやってくれと言いながら、いつできるかわかりませんで、プロジェクトをつくって計画、コンサルタントにやってくださいと言いましても、では、その完成はいつですかという答えがないと、設計にかかれないと思うのですよね。
この円球については、前別府市長の浜田市長のおじいさんが、何かその丸い碑をつくったと言われております。この円球については、太陽あるいは地球、みんなが心が1つになっておさまるようにと、いろいろなこの説がありますけれども、どれが本当かよくわかりません。
平成15年に前市政、浜田市政のときに、当時はまだ非常に財政状況が不透明だということで、浜田市長誕生後1年後に緊急財政再生プランというのを決めます。緊急財政方針が出された。すなわち三位一体改革の中で、どうも小泉改革の中で交付税が削減される状況にあるということで、その後の財政状況を厳しく計画立ててやっていこうというふうになりました。
私も長く議員をさせていただいていますから、歴代の市長さんを見てみますと、私がつき合いした中で脇屋市長さん、中村市長さん、井上市長さん、浜田市長さん、4名、あなたを含めて5名ですけれども、4名の市長さんは、脇屋さんも中村さんも井上さんも自民党でした。市長になられて全部党籍を離れました。浜田さんも、社民党の党籍を持たれておりましたけれども、県会にいたからね、市長になり党籍を離れました。
私は前回、前々回、前のこの議場で、協議会の会長は市長が兼務しておる、その当時、浜田市長でした。浜田市長、やめたらどうですか、もう大分県下の14市の中でも市長が兼務している社協はありませんよと。やめて、本当にいい、やる気の方を兼務ではなしにやったらどうですかという提言もしましたけれども、やりませんでした。
それを、あなたがまた挙手をしてこう言ったのです、「今回、長野市長のほうから話が出ましたのは、浜田市長時代の事業でありますけれども、先ほど市長の話がありましたように、別府市の財政状況を、赤裸々と言いませんけれども、生々しい財政データを見ますと、なかなか別府市の財政状況は厳しいので、そこを直視して、もちろん亀川の方に御迷惑をかけることは、毛頭市長も我々も……」。
そういうものを受けて、昨年12月、浜田市長名で地域住民宛ての文書が出されました。どう書いてあるかというと、地域内の市道を先行整備の後、順次私道の移管整備を行う予定だ、こういうふうに書いてあります。この文書を受けて、ことしは、27年度はこの地区内の市道の整備が始まるのだな、こういうふうに当然皆さんは受け取った。ところが、まだまだ、まだ始まってはおりません。